那須烏山市長インタビュー 大谷 範雄 市長

市民の力活きるまち

豊かな自然と数多くの文化遺産が財産の那須烏山市。市民のまちづくりへの参加意欲が高く、行政と力を合わせて小さくとも「キラリと光るまちづくり」を目指す。県内5大学と連携した「まちづくり研究会」から、世界にも注目される事例も生まれている。

清流が貫き里山、山間地広がる
■市の概要をお話しいただけますか。
大谷範雄市長
大谷範雄市長

 平成17年10月、旧烏山町と旧南那須町が合併して誕生しました。豊かな自然や数多くの文化遺産があります。那珂川が貫流し、西部は南那須と烏山の市街地を含む里山地域、東部は那珂川自然公園に属する山間地域が茨城県境まで続いています。幹線道路は9本の国道や主要地方道が走り、地域色豊かなローカル線「JR烏山線」には5つの駅があります。

日本一の「山あげ祭」遺跡・古墳も豊富
■特に自慢したいものをご紹介いただけますか。

 「山あげ祭」は日本一の野外歌舞伎です。毎年7月第4土曜日を中心に金曜日から日曜日まで、旧烏山市街地で繰り広げられます。踊り娘が常磐津の伴奏に合わせて披露する舞のほか、道路上100メートルにわたって舞台背景の「はりか山」が据えられます。若衆が舞台背景を次々に変化させ、次の開演場所まで一斉に移動させる一糸乱れぬ団体行動も見どころです。また、本市は遺跡・古墳の多さでは県内有数です。特に国史跡の「長者ケ平官衙遺跡附つけたり東山道跡」は、政庁や正倉などの建物群が発見され、奈良から平安にかけての古代役所跡であることが明らかになりました。大規模道路跡も発見されました。
 農林水産物では、本市独自の品種「中山カボチヤ」、酪農家が設立した「こぶしが丘牧場」の乳製品、高品質の牛肉と豚肉、シイタケなど。イチゴ、ブドウ、リンゴなど観光農園もあり、国見のみかん園はミカン栽培の北限です。那珂川、荒川のアユの遡上は全国一を誇り、観光ヤナは夏から秋の風物詩。サケもたくさん遡上します。住民のまちづくりへの意欲が高いのも本市の特長です。栃木県の「まつり百選」に選ばれた「いかんべ祭」はボランティアが実行委員会を組織して運営しています。ボランティアが始めて、今は観光協会が引き継ぐ「タウンイルミネーション」は冬の街を幻想的に彩ります。大木須地区では「オオムラサキの育成」や「ソバ祭り」などを展開しています。

市民と協働で教育、福祉を充実
■まちづくりで特に重点を置いていることはなんでしょうか。
那須烏山市庁舎
那須烏山市庁舎

 市民との協働による「小さくてもキラリと光るまちづくり」を進めています。教育では学校施設の耐震化を年度計画で整備。小・中学生の英語教育に力を入れ、市独自のサタデースクールで学力の向上に努めています。子供の安全を確保するための地域ICTを活用した見守りシステムは、高い効果を発揮しています。福祉面では子育て支援の充実とともに、福祉施設の整備充実、特に市独自の「多機能型福祉施設」の整備に向けて、調査研究を進めています。地域ICTによる見守りシステムを一人暮らし高齢者にも対応できる体制の整備を進めています。

■今後、どのような施策に取り組んでいきますか。

 総合計画は、現在、基本計画の後期計画の策定に取りかかったところです。最も重要な課題は、人口減少社会において「まちの活力」や「健全財政」をいかに維持するかという点です。①定住を促すまち②快適・便利なまち③健康と子育てのまち④教育と文化のまち⑤改革のまちの5つの対策を最重点事業として定めています。

貴重な資源活かして交流人口増やす
■市民を元気にするためにどのようなことに取り組んでいますか。

 自然や文化など貴重な資源を活かし、観光振興や都市と農村の交流に結びつけたいと考えています。JR東日本との連携のほか、県内5大学(足利工業大学、宇都宮共和大学、作新学院大学、宇都宮大学、国際医療福祉大学)と「まちづくり研究会」をつくり、活性化に効果を発揮しています。この「まちづくり研究会」の成果として、足利工業大学の福島二朗准教授のグループが、本市の近代化遺産の研究成果を日本都市計画学会の国際都市計画シンポジウムにおいて発表。先ごろ閉幕した生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)では、日本が政策提言した「里山イニシアティブ」の基礎となる生態系調査に、宇都宮大学農学部の大久保達弘教授が大木須を中心に調査研究してきた「那珂川流域の里山」の生態系再生事例が発表されました。

■中小企業、大企業に対する施策を教えてください。

 企業支援と企業誘致は最重点事業の一つとして、商工観光課内に特命の企業誘致定住促進係をおいて、①企業誘致・企業立地優遇制度②産学官連携事業費補助金③中小企業振興資金融資制度④企業家とベンチャー企業の支援施設⑤企業誘致推進員⑥その他定住促進などの対策を積極的に推進しています。

切手でバードウォッチング

ハクセキレイ(1975年発行 日本)
 日本で初めて「鳥」がデザインされたのは1875(明治8)年、国際郵便開始にあたって発行されたヒシクイ、ミサゴ、ハクセキレイの3種類の切手でした。
 当時は手彫りで原版を製作していたことや、図柄が日本画的なために種名の特定が難しく、一般の切手カタログではカリ、タカ、セキレイとしています。これらの切手は世界で2番目に発行された鳥の

ハクセキレイ

切手として鳥切手収集家に知られています。
 海外ではセキレイをデザインした切手がたくさんありますが、日本ではハクセキレイなど6種類のセキレイが生息しているにもかかわらず、セキレイがデザインされた切手は、この1種類しか発行されていません。


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